湊かなえ著「山女日記」の読書感想

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レビュー:★★★★★

どの物語も良かった。何が良かったかと言えば、日常を描いているだけなのに興味や共感を抱いてしまう物語ばかりで、読んでいて飽きや疑念が来ない。登山の物語らしく、それぞれの人生を感じさせられた。これこそが短編集の良さだと思わせられるメリハリが心地よかった。短編と言っても、全て繋がりがある連作なので深さの満足もある。登場人物や物語の続きが自然と気になってしまい、読み終わって直ぐに「残照の頂 続山女日記」を注文した。

最初に断っておくと、私は登山経験があり歴も長い。小学生の時に毎年スポーツ少年団の行事に始まり、学校行事や付き合いなどで登山をする経験が何度もあった。山中に宿泊する登山も2度ほど経験している。本書にある通り、登山の価値観は人それぞれだと思う。登山をする年齢層は幅広く、登山の目的も様々であるので当然だろう。私にとって、登山は旅行みたいなものである。体育会系の人ならあるあるだと思うが、登山でひどい疲れとか達成感というものをあまり感じたことはない。毎日何時間もトレーニングを何年もしているのだから当然だろう。どちらかというと、周りを補助するような役割が多かった。強いて言うと朝早く寝不足がデフォルトなので、空気の薄いところでは頭痛が気になるところだろうか。とはいえ、私の登山の思い出は楽しいものばかりだ。一人登山の経験はなく、集団での経験のみだ。みんなでワイワイやりながら、美しい景色を楽しむものだったのでやはり旅行と言えるだろう。小学生のころは誰が一番早く山頂に辿り着けるか争うのを楽しんだりした。花にはあまり興味はないが、頂上からの人の手が加えられていない壮大な景色やエメラルドグリーンの湖などの神秘的な自然物は色褪せず記憶に残っている。都庁やスカイツリーの展望台からでは眺めることができない景色なので、やはり登山は価値ある行為だ。

と随分前置きが長くなったが、本書は登山経験がなくても楽しめるだろう。オリンピックを観て、その競技をやっていた人しか楽しめないことはないというのと同じだ。登山は老若男女問わずできるものであり、神聖視することでも特別な行為でもないからだ。本書も年齢性別を問わず幅広く一緒に楽しむことができる登山の敷居の低さを存分に描いている。私は本書を読んでまた登山に行きたいという感想は特に持たなかった。登山経験者がみな山に魅了されているわけではない。本書とて別に登山の良さ啓蒙しようというものでも、登山とはこういうものだと示唆するものではない。そこにたまたま山があったのだ。学校を出ると運動する場はジムや職域のサークルなど限られてくる。だから山を目指すのも不思議なことではない。日本に住んでいれば、あちこちに登山をする山があるのだから。

脱線して一向に感想に移れないが、それだけあまりにリアルな日常を描いているので共感したなどの薄っぺらい感想が主になってしまう。感想というよりは自分の日常でもこういうことがあったとつい思い出させられる作品であった。ざっくりとあらすじを書くと、悩みを持っているアラサーアラフォーの女性が登山をする中で、過去を振り返ったり、何か気づきを得たりしながら今後を思案をする物語である。誰がどうだったというネタバレを書くつもりはないし、短編集だとなおのことネタバレなしで実際に読んでみた方が良いだろう。どの短編が良かったではなく、どの短編も良かったのである。あえて一つ上げるとすると、「白馬岳」ののんちゃんとなっちゃんの二回り歳の離れた親戚のやりとりが微笑ましかった。何か特別なことが起きるでもない日常を描き、誰も傷つけない平凡な物語なのにここまで惹きつけられたのだから良書だとしか言いようがない。読後の良さが残っている。まぁ、誰しも何かしらの悩みはもっているよねと自己肯定感を高めてくれる作品だった。強いて言うと、これがあの湊かなえ氏の作品だということが斬新である。学生よりも、それ以上の年齢の方におすすめと言える。何か気づきを得られる一冊になるのではないだろうか。

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