三浦しをん著「舟を編む」の読書感想
レビュー:★★★★☆
男は、童貞喪失で自信を付け、家庭を持つ(結婚する)ことで責任を持つ。
本書を要約すると、こういったストーリーだろう。古くからよく言われていることである。
本屋大賞受賞作らしい、わかりやすくキャラクターが立った作品だった。
本書はもちろん面白かったが、べたな話や設定であまり捻りがなかったのは残念だった。
東大生が恋愛下手で浮世離れしている一般人が思っているステレオタイプに合う学生ばかりを意図的に集めちゃかすTV番組のような大衆受けを狙った設定。
辞書制作だけでは物語を盛り上げらないからか、前半と後半を大きく分けられ、前半は面白おかしくした人間模様重視の話。
15年かかった根本の原因である予算の設定が最終的に曖昧であり、合理性に疑問。
人の死を最後に盛り上げるための出しに使う。
これらのことが気になり、楽しみながらもどこか白けてしまった自分がいた。
前半から後半の間に13年が経ち、その間主人公の馬締の面白おかしい浮世離れしたキャラクターは失われてしまった。憎めない愛されキャラが埋没されたことで辞書編纂の話に集中できたが、何だか後半に物足らなさを感じてしまった。馬締の童貞喪失までが本書のピークであったかもしれない。岸辺がなぜ配属されたのかもわからないし、普通の人なのでやはり後半はキャラクターが尻すぼみのように感じられた。出版社の辞書編集部にスポットを当てた点が斬新で売りだと思うが、社内政治以外で特に大変さが伝わってこなかった。岸辺が馬締に言ったように、馬締が趣味・専攻にあった仕事にありついたエリートで羨ましく思った。強いて言えば「玄武書房地獄の神保町合宿」の学生アルバイトの給料は一体いくらになったのかが気になる。都内、院生、時間外、深夜割増などでかなりの金額になると思うが、あれだけ問題であった予算は確保できていたのだろうか。話を盛り上げるために、過酷な体験を物語の整合性度外視でぶっこんできたのであったら残念だ。13年の空白の間に外部の学者等とのやりとりが終わっていたこともあったからか、辞書編集のリアルの現場の大変さは伝わってこなかった。やはり、たびたびの物語的な設定が気になった。
前半のボロアパート下宿で、おばあさん大家さん、猫、美人な孫娘とひとつ屋根の下暮らしという古き良き時代風のほのぼの物語に辞書編集の物語は勝てなかった。これに尽きる。辞書の話よりもタケおばあさんやトラさんをもっと出せと思ってしまった。香具矢というキラキラネームらしく手が早いのも見逃せないポイントだった。前半と後半で分断することなく、バランスよく物語が構成されていたらもっと良かったのにとは思わずにはいられなかった。15年かかったという辞書が出来上がるまでは大変なんだぞ、みたいな恩着せがましい設定がなければ松本先生も間に合ったし、中折れ、中略がなく大団円でスッキリ終わらせてくれたのに。連載の都合が何かなんだろうか。
こうして振り返ってみて、魅力的な登場人物ばかりであった。そこが本書最大の魅力だ。
<参考文献>
舟を編む 三浦しをん 光文社文庫 2015