高瀬隼子著「おいしいごはんが食べられますように」の読書感想

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レビュー:★★★☆☆
 ホラーであり、気持ちが悪かった。
 タイトルやカバーイラストから、瀬尾まいこ氏の作品のような全年齢対象の心温まる物語を想像した方も多いと思うが、似て非なるものであった。
芥川賞はセックスが好きであり、爽やか、青春、胸アツとはほぼ無縁である。

 冒頭で支店長が社員全員を昼食に有無を言わせず連れ出す、中年の男性社員が若手の女性社員のペットボトルを昼休憩中のいないときに勝手に飲むという出来事があった。この時点で気持ち悪いクソ!と思い、これはセクハラ・パワハラで職場環境が悪く生きづらい話なんだろうと予想したが、そんな単純ではなく想像をさらに超える気持ち悪さが、クソどもが待ち受けていた。
 言うて、みんなクソ、支店長も、中間管理職も、社員も、パートも支店の人間全員クソの集まりだった。ちょっとコンプライアンス的なことを言っているが、完全な村社会だった。

 セクハラ社員やお荷物社員を成敗する展開をどこか期待していたが、結局村八分にあったのは比較的まともな押尾という一番若手の女性社員だった。
男性社員と女性お荷物社員は性的な関係も含めて持ちつ持たれつで上手くやっていたのだ。
パートもぐるで誰もセクハラとは訴えない。原田というパートの女性がたびたび登場するが、どうも怪しい人物である。作中で事件が発生するがその事件の一部の犯人が明かされないまま幕引きされた。犯人の断定はできないが、お荷物社員に腹の虫がおさまらない人間は押尾、二谷以外にもいたのだろう。普通に考えれば、職場で3時のおやつとか言って、みんなで何十分も休憩を取っているのは異常である。藤という中間管理職が気持ち悪すぎて誰も言い出せないのだろうか。

 なぜ押尾は全ての泥をかぶったのかも謎である。支店長もグルだったのか、それとも二谷をかばったのか、陰でコソコソしかできず表立って上の者に逆らえない思考の持ち主だったのか。理由はどうでも良くて押尾が村から爪弾きにあったことが重要なのだろう。

そして本作の主人公的な存在、二谷の気持ち悪さは異常である。類は友を呼ぶでお荷物社員と上手くくっつているのだ。それが分からない二谷の気持ち悪さは藤に勝るとも劣らない、むしろ凌ぐといっても過言ではない。狭い支店で年次が一個下、二個下の女性社員に手を出す、島耕作も顔負けの好色一代男である。二谷の言動は全くもって不一致で、サイコパスとしか言いようがなくやりたい放題である。二谷の言動の不一致は読者を不快にさせることこの上なしである。その点、藤も負けず劣らずのやりたい放題であり、男尊女卑の村社会がこの支店(職場)である。これが昭和的な面倒見が良い会社とでも支店長や藤あたりは言いたげである。

 ホラーの根源は、お荷物社員の存在そのものがである。世渡り上手と言うのかもしれない。二谷とこのお荷物のサイコパスカップルの歪さは、ホラーとしか言いようがない。しかも、お荷物が全てを見透かしている、操っている節があるのが本当に怖い。このお荷物とその実の弟のやりとりは、このお荷物が天然物のサイコパスであることを明らかにし、ホラー性を一層引き立たせた。サイコパスという言い方よりも、メンヘラ女という方がしっくりくるかもしれない。苦手なことはしない、無理をしない。ただし本人は、法律にも会社の規則にも反したことはしていない。周りが忖度してくれるように環境を動かす魔力を持っているのだ。その魔力の根源が女性の性的な部分であることに嫌悪感を抱いた押尾は、魔力による秩序を乱す者としてあっさりと排除された。

 何だかんだでこの支店は上手く回っているのである。意にそぐわない者は村八分にすれば良いのである。こんな職場は絶対に嫌だと思いながら、こういう歪なコミュニティが日本中のあちこちにあるからこそ本書が共感をよび、令和に芥川賞作品に選ばれたのだろうというのは理解できる。サイコパスこそ最強と思わせられる作品だった。

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