砂川文次著「ブラックボックス」の読書感想

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レビュー:★★★★☆
一部ネタバレが含まれる点を事前にご了承いただきたい。

面白かった。面白かったというのはコミカルで楽しかったということではなく、読み応えがあり思うところがあったということだ。ときおり背筋が凍る場面があった。なぜ背筋が凍る思いだったかというと、主人公の男サクマに共感できるところが残念ながらあったからだ。
過去の芥川賞受賞作「コンビニ人間」や「推し、燃ゆ」が女性を主人公とした生きにくさを描いた作品であるのに対し、本作は男性の視点で生きにくさを描いた作品だ。深いようで深くないような読みやすい小説であった。

主人公の男サクマは、全くもって処世術に長けていない。簡単にいうと、我慢ができない人間なのだ。我慢ができない、衝動を抑えられない結果、手段を択ばず暴力を持って感情を発露する。ある段階で身に付ける社会性が欠けている。ではどこに共感したかになるが、サクマの抱く感情にだ。口に出す、手を出すかどうかによって大きな違いがあるだけだ。集団生活を営む均質的な日本人は道理に反した行いがあっても、見て見ぬふりや我慢をしてやり過ごすことがある。ただ、何も思っていないわけではない。また、サクマは自分から他人と関わろうとしているわけではない。そこが難しいところだ。サクマという男を擁護するわけでも、支持するわけもない。年齢なりの焦燥感、体を動かすことによるフラストレーションの発散、別に楽しくもないテレビゲームなどの作業を行う現実逃避、見えないが実際に存在している社会の壁に思いをはせるところなどわからないでもないことだ。
よく聞く表現だが一歩間違えば自分もそうなっていたかもしれないと思わなくもなかった。一歩以上の隔たりがあると信じたい。

本書は、主にサクマの一人称で語られていく。その内容に違和感を覚えた。サクマの言葉遣いや言動を見るに教養の高さは感じられない。しかしながら、サクマの思考や心の声の記述はとても思慮深く、まるで哲学者のように俯瞰したものがある。同一人物とは思えない一人称で物語が進んでいくのは、何とも自己矛盾を抱えた小説という印象を受ける。また、難しい言葉やあまりしっくりこない物の例えなど、サクマという切れやすく自分の心に素直な単純な男との対比で作品全体のアンバランスさを感じた。
つまりは三人称の小説ということだろうが、サクマの人格の境界線に曖昧さがあり完成度が高いと言えるのか疑問を持った。

具体的な内容に触れると、刑務所が機能を果たしているようで良かった。矯正、更生に成功しているようであり、刑務所の存在に好意的な印象を持たせる作品だ。ここも難しいところで、人権を制限し抑圧された環境で自己を抑え協調性を覚えるのが最も効果的であるとすれば社会の進歩を感じられるだろうか。社会秩序を保つために効果的なことが人権の制限と考えはコロナ禍の昨今、議論されたことである。理性に訴えるだけで、サクマのような男を更生させることはできるのだろうかと考えさせられる。

サクマに必要なものが刑務所の生活にあった、自衛隊の生活でも身に付けられなかったというのは何とも言えない。刑務所が契機になり、サクマの今後に希望-社会の一員としてやっていける-を感じたとは、思っても言うべきではないだろう。本来刑務所は入るべきところではないからだ。
多様性とは言うが、社会にはいろんな人がいる難しさ、怖さを教えてくれる小説だった。

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