米澤穂信著「黒牢城」の読書感想

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レビュー:★★★★☆
一部ネタバレが含まれる点を事前にご了承いただきたい。

気づきがあり、教訓を授けてくれる書であった。
溺れる者は藁をもつかむというが、いつわりの奇瑞に気をつけたい。
【奇瑞】とは、「めでたいことの前兆として現れた不思議な現象。霊妙な瑞相。(広辞苑より引用)」のことである。

さて、本書はミステリということだが、ミステリ本という印象を持たなかった。
謎が解き明かされていくというよりは、追い込まれるにつれ貴賤上下の別なく、おのれの心に素直になって腹を割って話し合って、そこから教訓を残して幕を閉じた。
確かに疑問を残したまま進んでいく点に微かにつっかえがあったが、それほど引っかかっていたわけではないので予想を裏切る展開や大どんでん返しなどとは思わなかった。
むしろ、滑らかに加速して流れるように史実に繋がっていった。

序章「因」に始まり、4章からなる連続短編が挟まり、終章「果」で終わる。
序章と終章の「因果」とは、織田信長に叛旗を翻した荒木村重と織田方より説得に来た黒田官兵衛との因果であり、二人の因果の始まりと終わりを描いた作品だ。間にある連続短編により、荒木村重が追い込まれていく様がありありと描かれている。
時代は戦国時代であり、難事件の質が独特である。ただ難事件により荒木村重から人心が離れていくというよりは、落ち目になるにつれ離れていったのが主だろう。これはどの時代も変わらない世の常だ。本書は忠義というものを感じる話ではない。
本書は、普段使わない言葉などが多々出てくるが読み難さはなく、展開も堅実であった。堅実な作品であり、突拍子もないことが起きるわけでも、特にキャラクターが立った人物が登場するわけでもないので、面白かったというよりは読んで勉強になったというのが正直な感想だ。荒木村重が本書の主人公にあたると思うが、残念ながら魅力ある人物には最後の官兵衛との会話で先見の明があるのをちらつかせた以外で感じなかった。有効な戦術を立てられず、ただただ追い込まれて行き、恥を忍んで黒田官兵衛に頼る。もう少し荒木村重が魅力ある人物に感じられるか、難事件に惹きつけられたならば面白さを感じたかもしれない。一方で、状況が刻一刻と変化し戦況の悪化、人心の変化、荒木村重の懸命さなどのリアルさ、ありありと伝わってくる様は本書の魅力であり、読んでいて飽きや退屈さは感じなかった。
また、黒田官兵衛に関しては、荒木村重に幽閉され光が射さない狭い地下牢で1年近く耐え抜いたことに一番驚く。驚くというよりも、その身体的な頑丈さ、肉体を凌駕する執念こそが本書の一番のミステリであり、畏怖である。その分、官兵衛の知力や頓智の凄さが霞んでしまった。荒木村重と黒田官兵衛が会うべく立場が違えば、また歴史は変わっていたかもしれないという壮大な妄想を抱かせられた。

他に言うと、戦国時代の野蛮さや残酷さは存分に感じた。首斬り、さらし首や簡単に人が処罰(死刑)にされるのは時代とはいえ、惨たらしさは強く感じた。当時の世を知る意味でも、時代小説を読む意味はやはりある。
なお、信仰に関しても本書で重要な要素となっているが、違和感なく受け入れられるものであった。
時代、判断や機転など学びの多い書であった。

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