佐藤究著「テスカトリポカ」の読書感想

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レビュー:★★★★★
圧倒的な非日常が広がっていて、エンターテインメントとしてゾクゾクしながら、ときに不謹慎ながらワクワクしながら一気に読み終えた。あまりに非日常的な世界や残虐非道が続くと、ある時からリアルとして捉えられなくなりエンターテインメント、フィクションとはっきりと認識して読むようになった。ただし、物語が突拍子もない絵空事が書いてあるということではない。一般人が避けている、見て見ぬふりをしている世界を容赦なしに壮大に描き切った傑作である。この物語が資本主義の闇と言われればそうだと思うが、そもそも日常の世界を資本主義として意識することがなく資本主義の光を享受している実感もない。平和ボケしている一般人の私からすると日本が舞台でもやはりどこか遠くの世界に感じられた。資本主義という考え方を改めて意識するきっかけであり、刺激は確かにあった。

あらすじは、本書テスカトリポカ,佐藤究,角川書店,2021の帯より引用させていただく。

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソロは、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会う。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へ向かった。川崎に生まれた育った天涯孤独の少年、土方コシモは、バルミロに見いだされ、知らぬ間に彼らの犯罪に巻き込まれていく―――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国の恐るべき神の影がちらつく。
人間は暴力から逃れられるのか。
誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。

「テスカトリポカ」とは、アステカ王国の最強神のことである。これはネタバレと言うほどのものではなく、序盤で説明があり単語の意味そのものではなく、最強神である理由や概念、信奉する敬虔さなどの宗教感が物語で重要な意味を持ってくる。
現代的に言うと黒魔術的な宗教の信仰、麻薬売買、抗することができない暴力、惨殺、臓器売買や子どもの人権侵害というレベルを遥かに逸脱したビジネスなど残虐非道の世界であり、年齢を問わず誰にでもおすすめするかというと悩みどころである。
重要なこととして、本書に最後に必ず正義は勝つという勧善懲悪作品ではない。
悪同士のビジネスの覇権抗争に終始する。

漫画の作品で例えるのは適切でないかもしれないが、「進撃の巨人」が好きな人は、ほぼ間違いなく本書の世界に魅了されるだろう。漫画や童話の世界では、人が無残に殺され、どちらの視点で描かれるかの違いでどちらにも正義がないことはよくあることだ。
本書の圧倒的な暴力が支配する世界、怪物と呼ぶほかない強靭な身体能力を持った者、どこから湧くのかという資金力や特定の信条に基づいた行動など、少年漫画に馴染みのある世界である。少年漫画の影響か、どこか暴力的な世界に憧れるというと語弊があるが気分の高揚を感じてしまう。任侠映画が一部で人気があるのも事実である。だからか、本書に嫌悪感は全く抱かなかった。

光という点では、沖縄出身の清勇・パブロ・ロブレド・座波というナイフメイカー(工房でナイフを製造する人)が本書の唯一の良心である。物語での本当に一筋の光である。パブロは妻子がいて、経済的な窮乏に喘ぎ、闇のビジネスに取り込まれた。
パブロの良心に本書の物語が救われたと言っても過言ではない。パブロは良心の呵責に向き合い続けた。「人間は暴力から逃れられるのか。」への一つの答え、可能性を示してくれた。

また、パブロの対極に宇野矢鈴という薬物中毒の保育士がいる。俗物であり、自分も他人のことは言えないが、自分の都合の良いようにしか解釈せず、他人のためと言いつつ自分の利益を優先する自分の思い込みの世界を構築している人物である。本書の登場人物の中で唯一と言ってもいい身近にいるような人物だ。最後に僅かな希望を見せたが、本人が罪を償ったかはわからないままだ。仮に宇野矢鈴が警察署に駆け込んで、洗いざらい吐いていたとしたら、本書の物語の根本が揺らいでしまう。そんなに簡単に薬物を断ち切れるなら麻薬資本主義が成り立つのだろうか。だから、私は矢鈴に希望は感じなかった。

そして、最後にパブロの娘の前に現れたコシモの運転手の男は誰だったのかという疑問は残った。
順太かとも思ったが、3年後では年齢的に車を運転できない。
不思議とコシモのその後は気にならなかった。
明るい未来は感じていないからだろうか。

本書から恐怖以外の明るい兆しを感じたのも事実である。とは言え、巨悪に立ち向かうような勇気が湧くような浅はかな作品でもない。
資本主義という言葉の意味や視野を広げてくれる作品であった。

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