内館牧子著「終わった人」を読んでの感想

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レビュー:★★★☆☆

1.はじめに

読んだ本は、内館牧子(2015)『終わった人』講談社である。最初から3分の1くらいは内容が退屈だったが、そこから急展開もあり早く続きを読みたいと熱が入り一気に読み終えた。1冊という分量はちょうどよく、一気に読めるものであった。内館さんの作品を読むのはこれが初めてだった。歳の取り方、人の生き方などがメインテーマであったと思うが、東北という田舎の存在もピックアップされていた。東北人としては、東京という都会人が描いた典型的な東北像だなと感じた。

2.感想(ネタバレを含む)

この本に関する前提知識なく読んだので最後どうなるのかというのは、途中から気になってしょうがなく速く読み進めたいと思った数少ない作品となった。私は、本を読んだとき、だいたい途中からは惰性で読み続けるが、この本は途中からが面白い。最初のぐだぐだはこの本の重要な要素であり陰気ではあるが、作中の主人公の妻と同じく我慢のページである。個人としてこの本から受け取ったメッセージは、以下の3点である。
①人生ソフトランディングの準備は必要
②誰でも歳は取り、その点においては人間平等
③そうそうワンチャン(千載一遇に賭けて成功する機会)はない

話としては、突拍子もない内容ではない。話を際立たせるために、極端な経歴や性格を持った人物を主人公にしている。そうでなければ、小説が成立しない。簡単に言ってしまえば、出世争いに負けたエリート仕事人間の末路といったのがこの本の内容である。最後はそのプライドや仕事への未練が身を滅ぼし、一般の人より優位性があった多額の財産までも失い、本当に一般の人と同じラインに立ってしまった。考え方によっては、最後がこの主人公の本当の第2の人生であるのかもしれない。そのまま読めば、バットエンドこの上ないが希望も少し感じさせるような工夫があった。例えば自分の資産で補えない借金を背負ったり、家を失ったりしなかったことである。そして、妻が最後、主人公の実家にあいさつのために来てくれたことである。「卒婚」というテーマも最後に入れてきており、定年退職からの夫婦のあり方にまで踏み込む定年後の生活の網羅的な本となっている。

また、「人の死」についても少し盛り込まれている。ゴールドツリーという急成長のベンチャーIT企業が登場する。そこの創業社長が、39歳という若さで突然過労死してしまう。このゴールドツリーの話は、この本の中で非常に重要な要素であるが全てが急展開である。この辺りが小説である。人生はあっけないということを言いたかったように感じる。今特に話題になっている「働き方」というテーマもいれたかったのではないだろうか。本質的なところで言えば、ゴールドツリーのところは、別に株であったり、きな臭い儲け話であっても代替できると思う。この主人公は仕事にこだわりがあったので、こういった「働く」という選択肢であったが、何か甘い話の例えであったのだろう。高齢者を狙った甘い話はたくさんあり、それに乗ってしまえばどうなるかということを書きたかったのではないか。ゴールドツリーという名前もいかにもというネーミングである。ワンチャンはそうそうないのである。

そして、63歳にして、下心丸出しのみっともない行動が何度もあり、気持ち悪かった。とことん主人公を好きになれなかった。

私の立ち位置からすると、60歳以降に向けて人生設計をちゃんとやっておけというのが大きなメッセージだったと思う。年代によって感想は違うことだろう。

3. 疑問点等

初めの疑問点としては、エリート志向の強い主人公がなぜ都市銀行なのかということだ。東大法学部のエリートであれば、大蔵省、日本銀行、法曹等が一般人の私には思いつく。以前に週刊東洋経済か週刊ダイヤモンドで読んだ日銀の黒田総裁の就職活動の話でもこのようなことが書いてあった。この本では主人公が超エリートのように書かれているがあまり腑に落ちない。だからであろうか、主人公の同級生で出てくるのは高校の友人ばかりである。この本では故郷の岩手、石川啄木や宮沢賢治がたびたび出てくるが、結局過去の栄光にすがるということを書きたかったのだろうか。なお、東大文Ⅰに現役で入ることが超エリートであることには何の疑問を持たない。
次に「イーハトヴ」についてである。宮沢賢治の理念のようなものであり「理想郷」と訳されるものである。これを際立たせるためにか岩手が自然豊かで典型的な田舎として描かれている。学校の設定等々から盛岡周辺の話だと思うが、盛岡はそこまで田舎ではないし、そこまで方言が酷くはないと思う。主人公の高校の設定から考えるに、主人公の家や過ごした地域は盛岡の割と中心地であり、読みながらなんか違うなぁと思った。宮沢賢治記念館に2回行ったことがあるが、あそこは花巻市であり確かに山中にある。また、小岩井農場は雫石町である。東京の人から見たら岩手という一括りの岩手像といったところであろうか。首都圏の年配の人は、東北出身であると聞くだけで実家が農家であると思う人もいるようである。この本では岩手はまさに「理想郷」として描かれているように思える。余談だか「けんじワールド」という大型のウォータパークは、2013年に閉館した。雫石町にあった岩手を代表する大型施設であった。一度行ったことがあったが、道中で野生のクワガタに出くわすなど自然豊かな別天地であった。そしてもの凄く込み合っていたことを思い出す。あたり一面山であり、夜空は見なかったがきっと綺麗であることが容易に想像できた。この本のイメージと合うのは雫石町ではないかと思う。

全体として主人公の設定等々、極端でありながら現実的にあり得る設定で多くの要素が盛り込まれて描かれた作品であったと思う。

マスター:クレア

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