「成瀬は天下を取りにいく」の読書感想

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レビュー:★★★★☆

※感想を書くにあたって一部ネタバレ(重要な内容)が含められています。事前にご了承ください。

 成瀬も島崎も好きだし、どの編の物語も良かった。青春小説としておすすめの一冊であり、読後の良さは星5であるが、小説としては文章が少し足りない気がしたので星4とさせていただいた。

 「面白かった。」という感想が適切かどうかという問題があると思う。成瀬は保護者を含めた周囲から、変わった人という評価を受けている。少し協調性に欠けるというレベルではない。成瀬はいたって本気である。小学生や中学生の男子の目立ちたがりや受けを狙った意図的な行為ではない。成瀬というキャラクターが成立しているのは、学業がトップレベルだからであるのは否めない。もし学習障害でも抱えていたら、全く別な見方となっていただろう。馬鹿と天才は紙一重とはいうが、天才に対しては世の中寛容なところがあり、むしろ天才の変わった一面を欲している側面すらある。孤高の天才とか奇才とかは、大衆が好むところだ。成瀬の設定に関しては、かなり地に足の着いたもので現実にいても不思議ではないし、私も似たような人が同級生にいた。私の似た同級生と明らかに異なるのは性別だ。進学校の男子校にでもいけば、成瀬のような人物を直ぐに見つけられるのではないだろうか。成瀬が女性ということに斬新さがある。女性らしさという言葉に一石を投じた話ではないが、多様性を意識させられる物語ではある。成瀬を見るに中学生以降は、学業以外に特に目立った成績は残していない。中学の部活の陸上も、高校のかるた班でもだ。そして、島崎も指摘するように一つのことに執着するわけではなく、思いつきであちこち手を出すタイプであることに目がいく。成瀬は何をやらせてもトップクラスというある種漫画的な設定ではないところが尊敬の念や嫉妬心を抱くよりも愛嬌を感じるところなのかも知れない。

 巻末を読むに先に「ありがとう西武大津店」があり、あとは1冊の本にするために時間を経て書き足した物語とのことだ。「ありがとう西武大津店」で終わっていれば、中学生のお嬢さんたちを通して感じる滋賀県のある街のほっこりした物語で終わっていた。「階段は走らない」はスピンオフとして、こちらも別の視点からのほっこり話として味があった。他の4編については、リアルの成瀬の成長物語である。「レッツゴーミシガン」が必要であったかはわからないが、青春小説に恋バナを入れたい気持ちは分からなくもない。髪型を除いた成瀬の容姿に関しての記述はない。身長などスタイルも良く分からない。広島県の二人の男子高校生と女子高生たちから否定的な意見がないところを見るに、容姿が悪いということは先ずないだろう。こちらもよくある典型的な設定の磨けば光るタイプということを言いたかったのだろうか。最後の「ときめき江州音頭」以外の話で成瀬の人物像は大分理解が深まった。
最後に「ときめき江州音頭」でその答え合わせが待っていた。「ときめき江州音頭」は、満を持してか成瀬の視点で書かれている。他の編は成瀬以外の人物の視点で書かれている。そこで意外だったのが、「島崎こそすごい。(P178.L2)」と感じていたり、小中校の同級生の大貫に対して「どうも嫌われているらしいのだが(P184.L10)」と自覚していたりしたことだ。成瀬は周りが見えていたのだ。それとも高校も3年生になって見えるようになったのか。「ときめき江州音頭」では成瀬の成長が感じられる。ここでようやく、ただ尺を伸ばすために編を増やしたのではないと合点がいった。恋愛ではなく、この成長こそが青春小説に欠かせない要素ではないだろうか。最後の編により、成瀬がより魅力的な人物に感じられた。
また、島崎ついては終始好意的な人物に感じられた。承認欲求が強いところやノリがいいところなど人間味溢れる人物で、人付き合いも良い。成瀬と島崎は本当に良いコンビだった。島崎も膳所高校に行って欲しかったが、それもまたリアルであり、高校が違っても続く友情の尊さを見せてくれた。
 成瀬の時間の使い方も、島崎の時間の使い方も、大貫の時間の使い方も、どれが正解ということではなく皆充実しているようで羨ましく思うとともに、自分の過ごした時間も省みさせられた。
この一冊は、キラキラした青春小説だった。中学生あたりに一番おすすめだと個人的に思う。
いい歳した大人が読んでも、もちろん思うところがある普遍性がある作品だ。大切なものとは年齢によって変わるのだろうか。大人になった成瀬を見たい気もするが、やはり見たくない気がする。

実写化は、成瀬は平手友梨奈、島崎は武元唯衣でお願いしたいが、流石に中学生役はもうきついか・・・。

<参考文献> 「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈 新潮社 2023年3月

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