西加奈子著「夜が明ける」の読書感想
レビュー:★★★★★
星4か星5にするか悩んだ。ただ、星4にしたら、自分が「戦う」とか「勝ち負け」にこだわっていることを認めるのを恐れたような気がしたので星5にした。
私は、本書に書いてあることをすべてにおいて手放しに受け入れるわけではない。
本書のリアルの追求と問題提起が他にはなく優れている感じた。
「貧困」に問題を絞っての長編小説であるところ、そして当たり障りがないことではなく一歩踏み込んだ問題提起があったからこそ、メッセージとして伝わってくるものがあった。
一見すると、現政権に反対することを示唆するような内容がある。その点においては、冷静な解釈が必要であり、無関心ではなく、賛否を表明することや行動をすることも必要という一般的な啓発として捉える必要がある。自己責任の解釈についても同様である。
昨今の小説は、「若者の生きづらさ」をテーマとして書かれたものが多い。いつの時代にも、心の葛藤や闇を赤裸々に暴いた小説はあった。本書のテーマである貧困がもたらす問題も、いつの時代にもあったテーマである。本書において、大学等の進学率が向上するなど社会の高学歴化が進む一方で国として生産性が上がらない現代における経済的な困窮がもたらす問題にテーマを絞っている。そもそも「貧困」という言葉に、正確な使い方には議論があり、日本には「貧困」ないと言っていた人もいる。本書に登場する衣食住に困っていて、頼れる親族等がいない人は「貧困」と言えるだろる。だから、本書は「貧困」をテーマにした作品と言わせてもらう。
リアルの追求と上記に書いたが、本書巻末に記載のある参考文献を見れば本書を読まずしてだいだいの内容を察することができる。奨学金を借りて大学に進学し卒業後就職し、体を壊して働けなくなり返済を滞る。家庭が経済的に貧しく、そもそも大学等の進学が選択しにない。幼少から貧困や虐待がある環境にいて、普通の水準が人よりも著しく低く、また自己肯定感がない。本書に登場する主要な人物である。
このような状況の人に「負けるな」「負けないで」と声をかけるのを許されるのは、極めて親しい人のみだ。欲しいのは誰かの言葉ではないのだ。
「依頼主から缶コーヒーやアイスキャンディーをもらう時もあったが、少額でも現金をもらえることが一番嬉しかった。」P80 3-4
主人公の大学時代の運送会社でのアルバイトの回顧の記述だ。
言葉を出すことは簡単だ。だからSNSで、罵詈雑言も憂慮・心配する言葉も溢れかえっている。言葉で人を救うことができるのは事実だと思うが、言葉では人を救えないことをもあるのも事実だということを本書は示していると私は受け取った。
行動に移すことは、与える側もそうだが、当然に与えられる側にも必要だ。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶという日本人に根差す美徳も大切であるが、生命が脅かされてまで遵守するものではない。同じことの繰り返しになるが、崇高な思想だけでは物理的な空腹は満たされない。
困っていることを、他人に困っているということは簡単ではないことを知っている。残念ながら察する、慮ることを期待しているだけでは何も解決しない。「変わりは他にいくらでもいる」も残念ながら世のほとんど仕事において事実であり、滅私して勤める意味を考える必要がある時代である。
潔さの意味を考えさせらえる小説である。
アキの母親のように、息子がひき逃げにあったら泣き寝入りせず相手から示談金をふんだくる逞しさが必要だ。
本書では中島というかつては経済的に困窮し苦学生だった者が、環境に「負けずに」弁護士となりかつての自分のように困っている者を救っている。
こういう話は日本人が好む美談である。
これは称賛する話であることを間違いない。
かつて自分が困っていたから、その分誰か(後輩など)を助けたいと考え、行動に移すことは尊いことだ。実際には、自分が苦しんだ分、後輩も同じ苦しみを味わうのが当然と考えたり、もっと意地悪くなったりと負の連鎖が続くのだ。
そして、才ある者が自分ができたからといって、他人に強要し、できない者を「負け」とする価値観をどう受け止めるかである。
私は別に何でも環境のせいや人のせいにすることを良しとするわけではない。
ハングリー精神も、思いやりも、感謝も必要だと思う。
本書の具体的内容に言及すると、アキ(深沢暁)が高校時代に主人公との出会いは、本書における一点の光である。例えわずかな期間であっても、アキが苦だけの人生ではなく誰もが享受する権利がある光を手にしたのは良かったと心から思う。
学生時代が一番楽しかった、あの頃に戻りたいとそう思えるときがあるのは幸せなことである。
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