五十嵐律人著「法廷遊戯」の読書感想
レビュー:★★★★☆
全体的に面白かった。登場人物が少ないので、事件は想定内ではあった。
東野圭吾氏の作品と言われれば、どこか既視感があり、そうなんだろうと受け入れられるような物語だった。著者が弁護士ということもあり、裁判手続きなどに深さがありオリジナリティは十分にあったと思う。
本書は2部構成である。
第1部は中二病心をくすぐられるような、ワクワクするような“遊戯”が行われていた。闇の罰ゲームが執行される雰囲気すら感じた。第1部で必要な情報は揃っていた。第2部は、第1部の肉付けであるが、個人的にはしっくりとこなかったところがある。
主要な登場人物は、久我清義、織本美鈴、結城馨の3人である。
織本美鈴の言動は最後まで何ら違和感を覚えなかった。他の2人については正直腑に落ちないところがあった。久我清義は、本当に苦労してきたのだろうかと疑問に思ってしまう。幼少から生きることすら大変で、悪に手を染めてまでして掴み取った弁護士資格を投げ出すことができるだろうか。比較衡量の問題である。主要な登場人物の3人は、経済的に苦労しているはずなのにその辺りがうやむやにされ、むしろ裕福なのではないかと思わされるところにそもそも違和感があった。実際に性被害にあい、詐欺事件でも主犯を担ってきた織本美鈴とただの見張り役で安全なところから見ていた久我清義の差が人格形成にも影響し最後にもその差が出たのだろうか。日本で最難関試験とされている司法試験をあっさりと受かったからくる余裕なのだろうか。多くの方が人生をかけて挑んでいるような必死さを描いた場面はない。久我清義は飄々としていて、ときには面識のない少女に対して説教おじさんになるなどダークヒーロー気取りである。司法の限界と良心の呵責が本書の大きなテーマにあったと思うが、佐久間悟のその後を全く気に留めていなかった久我清義の設定から良心の呵責に繋げるには無理筋だと思った。まるで初めて善悪の判断に触れたかのようだった。ワトソン役の佐倉咲に対しても、結局最後は無責任だった。佐倉咲の存在はただの物語の補足要員で、説教おじさん、解説おじさんのために生み出された気の毒な登場人物である印象が強い。
また、結城馨についてはどうしてそこまで破滅的に突き進んだのかしっくりとこない。24,5歳の若さで決心する必要があったと思わされるには情報が足りなかったような気がする。公訴時効の点は承知している。学部在学中に司法試験に合格し、ロースクールの修了後に直ぐに大学の教員職につくなど有り得ないほど順風満帆である。豊富な実務経験があるか博士課程修了はしていないと通常は講師にも付けないだろう。ロースクールで一目置かれる存在として過ごし、教員として優秀な論文を執筆していた。親の仇を討つために自らの命を差し出す、それが妥当と思わせられる展開・構成は本書にはなかったと思う。まだ事件直後に感情的で突発的に事件を起こしていたら理解できた。そこまで時間的に十分な期間で計画を練るなら、もう少し完全性があっても良かった気がする。そして、織本美鈴は信用できず、久我清義は信用できた理由は何なんだろうか。機動戦士ガンダムでシャア・アズナブルがギレン総帥のガルマ・ザビ追悼演説に対して放った名言である「坊やだからさ」ということうだろうか。これは世間知らずのお坊ちゃまで状況判断ができないから死んだというのが概ねの意味である。
裁判の手続きなどの説明の重厚さに比べて、人間関係、内面や物語の展開が希薄だったというのが感想である。
<参考文献>
法廷遊戯 五十嵐律人 講談社 2020