逢坂冬馬著「同志少女よ、敵を撃て」の読書感想文
レビュー:★★★★☆
以下に一部ネタバレが含まれる点を事前にご了承いただきたい。
最後の40ページで大きく予想を裏切られた。全く想定の範囲外の展開になった。
本書は目次を抜かすと474ページもある長編である。だからといって、一度を本書を手に取ったら、道半ばで読むのをやめてはいけない。最後まで読むことを強くおすすめする。
「止まるんじゃねぇぞ…。」
表題回収も見事としか言いようがない。
正直に言うと、戦争の悲惨さ残酷さという点ではあまり伝わってこなかった。
家族が惨殺され、冷徹であるが実は心優しい後の上官に助けられ、その指南で女性狙撃兵訓練学校に行き、同期たちと切磋琢磨しながら家族の仇を撃つために戦火に入る物語。
そう、これは大人気漫画・アニメ「鬼滅の刃」と展開が全く同じである。
史実を使って、少年漫画のようなヒーロー冒険ものを描いた印象が最後の方まで拭えなかった。少年漫画のようになるべくエログロの詳細な描写を避け、主人公セラフィマの狙撃手としての成長を描いた物語として進んでいく。史実としての第二次世界大戦の悲惨さ残酷さは浅いながら知識は持っているので、狙撃にフォーカスした場面が多い本書の戦争の場面において新たに伝わってくるものは少なかった。なお、狙撃手の明鏡止水の境地や異常な高揚感についてはありありと伝わってきた。そのためか、伝えたいであろう戦争がもたらす異常性という部分が曖昧に感じられた。セラフィマが上官に食ってかかる、反対の意見を申す場面が何度かあるが、これは主人公のキャラクターを印象付ける物語的であり、実際の赤軍においてお咎めなしなんていうことがあるのだろうかと疑問に思った。和気あいあいとする同期たちとのやりとりや個人の感情や怨恨での単独行動を含め、戦争のリアルが感じ難かった。
このような違和感や疑問を抱き、冷ややかな気持ちで最終盤まで読み進めた。事前に帯に絶賛するコメントを読んいただけに、重厚?骨太?と嘲笑していた。確かに、軍事兵器や戦争の大局など詳しく書かれていて、戦車やライフルの型式まで記載がありそれらの点においては小説の全体としての重厚さは感じていた。ただし、史実を詳細に書けば、重厚な作品、骨太な小説かと言われればそれはまた違うはずだ。
そんな中でだ。最後の最後に予想外の展開が待っていた。
「私は、女性を守るために戦います」と女性狙撃兵訓練学校の卒業の際に戦う理由を答えたセラフィマの言葉が物語の根底を成していたことに驚いた。この言葉が確固たるものに変わるまでの経験が本書の物語であり、それは成長とは呼べるものではないかもしれない。一見劇的で物語的に見えたセラフィマの言動や出来事は全てここに、ここまで繋がっていたのかという意外な展開こそが本書の醍醐味であった。ここにオリジナリティがあり、単純明快で安易な結末ではないことに胸をなでおろすとともに高揚を感じた。
「正義」とは、という答えに窮する普遍的な問いに予想外の視点から投げかけられた。
もちろん、これはセラフィマだけから投げかけられたものではない。
教官であり隊長であるイリーナ、同期や第六二軍第一三師団第一二歩兵大隊兵、それぞれの戦争があった。
やはり、中でもオリガの存在がもたらしたものは大きかった。
どちらが本当のオリガだったのだろうか。これはもう答えが出ている。
戦争がない世界線のオリガが想像できる。
オリガの強さが非常に印象に残った。
女性兵士の視点から描いた斬新さは、意外さをもたらした表面的なものではなく男性兵士の視点では伝わりづらい、女性の人権の有り様を問いただす意味を成した。
本書は重厚、骨太の小説であった。
また、赤軍(ソ連軍)が主人公側であることに違和感を覚えた。しかしながら、この点においては最後まで読めば違和感がなくなる。どちらに肩入れするということも、勝者だから善とすることもなく読後感は悪くない。
繰り返しになるが、少女が敵を撃ち終わるまで読むのを断念してはいけない。エピローグまで読んで、この本の重厚さを理解できる。
このような呼びかけが必要な点が、星5ではない理由だ。