小川哲著「地図と拳」の読書感想

Pocket

レビュー:★★★★☆

長編小説であること及び参考文献が多いこと、そして読みやすかったので星4とした。長編小説に対しては敬意を払わないといけない。
物語の内容はわかった。

約半世紀に渡る長い史実に基づく出来事に対して、創作部分がかなり弱いと感じた。登場人物が多く、物語として主軸がぼやけて誰の物語も完結せず中途半端のような気がして読後にスッキリとしない。あえて言うと、憲兵の安井とクラスコフ神父の物語が完結していた。書かれぬ復興の部分にこの先の地図の想像を委ねたのかもしれないが、史実の前にはあまりに弱い。タイトルにある通り「地図と拳」がこの本のテーマであり、拳は史実をそのままで地図が創作部分である。最終的には明男が主人公のような扱いで物語が終わるが、そもそもとして明男がいないと、この本は成立しないのかと考えると、悩みどころである。明男に関しては、知識の羅列で随分と行数を稼いでいる印象だった。最初から最後まで登場し、重要人物である細川に関して、最後にもう少し書きようがあった気がしてならない。様々な人物が登場し、それぞれの物語があるがどれもが中途半端な気がする。伏線みたいなものもなかったし、戦争(歴史)そのものから感じる以外のメッセージが乏しかった。

建築を志す者に向けた物語と言えばしっくりくる。だとすれば、前振りが随分と長い物語のような気がする。地図が拳の前では無力ではないことを書くことに物語の意味があるのではないだろうか。この物語で描かれた地図と拳が今日の平和に繋がっていることを示しているようにも思えるが、これは私の妄想の域を出ない。戦後に、中国や韓国で戦前に日本が建てた立派な建築物例えば旧朝鮮総督府は取り壊されたのは知っているので、どうも明男の言っていることはしっくりとこない。

感想としては、読みやすいが何か物足りない小説だった。歴史(拳)を知る一助になるかもしれないが、それであれば参考文献に書かれている本を読めば良いことである。拳に勝るとも劣らない何かを書いて欲しかった。また、まっさらにすることに意味があるような気がする危険な思考が脳裏をよぎったことも感想として書いておく。

<参考文献>
地図と拳 小川哲 集英社 2022.6

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です