伊吹有喜著「犬がいた季節」の読書感想

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レビュー:★★★★★

 琴線に触れるというのはこういうことを言うのだろうと読後に実感している。今年読んだ小説の中では間違いなく一番読んで良かったと思える作品だった。

 初めに言っておくと、私は書かれている物語の世代ではない。三重県のとある高校の昭和63年度から平成11年度卒業生までの世代から選ばれた5話が連続性のある短編で描かれている。著者の世代がドンピシャで、きっと懐かしく思うことだろう。しかし、私のように世代が違っても共感できることや懐かしく思うことができる。これは普遍性があるということだろう。本書は全世代から愛されるコーシローという捨て犬の物語だ。ほとんどの人が高校生で進路問題に直面し、その後どのような道に進んでも人生は続いていく当たり前の話であるが、それぞれの生き方にドラマがある。突拍子なことが起きるわけではなく、自分が経験したことや身の回りで起きていたこと、起こる可能性があることなど現実的な物語に共感や愛着を抱く。世知辛い世の中にあって、高校生のプラトニックな関係を見てどこか安心するのだろうか。人間は過去を美化しやすい。高校野球の甲子園球児などに、ひたむきさや清々しさを求め勇気をもらう。大人になると理想の押し付けを生徒ら若者にしてしまうが、古き良き時代、万人のその理想に合致するプラトニックなものが本書の物語であるとも言える。だからどの年齢層にもおすすめであるし、古臭いとか世代じゃないから面白みに欠けるといった安易な感想は出ないだろう。
 苦労した人にはいつか報われて欲しい、そんな万人の願いを体現した気持ちが入る物語だった。心が折れそうなときや先が見えないときに思い出したい作品だ。
 気になった点としては、美男美女の登場人物ばかりがメインキャラクターであることだ。進学校といえばチー牛やオタクの巣窟であり、陰キャたちのキラキラ高校生の淡い青春への嫉妬が本屋大賞を受賞できなかった理由ではないかと推測している。さらに言うと辻村深月氏の「かがみの孤城」と構成が似ていて、メッセージが同じだなとは思った。どちらも良い作品だ。
 本書を読んで、もう少し頑張ってみようと前向きにさせられた。
なお、昭和63年度卒業生の早瀬光司郎が言っていた
「(略)教職に就けば奨学金の返還も免除されます」P88.3
について調べたが、現在は存在しない廃止された制度(教職又は研究の職に係る返還免除)であった。
知らなかった制度なので、時代の流れを勉強をさせていただいた。

<参考文献>
犬がいた季節 伊吹有喜 双葉社 2020

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