深緑野分著「この本を盗む者は」の読書感想
レビュー:★★☆☆☆
一部ネタバレを含む点をご了承いただきたい。
女子高生の一夏の不思議な経験という少しミステリ要素があるファンタジーだった。
これも対象年齢の問題かもしれないが、自分もこのような経験をしてみたかったや不思議な異世界に魅了されるといったワクワクドキドキがなかった。
ファンタジーの部分に魅力を感じなかったというのが一番の感想になる。
結末の手前にあたる主人公の御倉深冬がミステリを解決したあとの世界が腑に落ちなかった。
物語の設定的に、御倉あゆむがもう一人の主人公であると思うし、結末手前のあゆむとひるねの関係はどうも釈然としない。同じ御倉家にあって同じような経験をしてきたのに、深冬だけが世界の想像主のようになってしまった。
公共施設等からの本の窃盗や本屋の万引きが深刻な問題であること、そしてそれは重罪であるというメッセージは伝わってきた。
また、読書を通して得られる楽しみや広がる世界は一部の知識層や蒐集家にだけにではなく誰にでも開かれた感情や知識であって欲しいというメッセージも感じられた
つまりは公立図書館や図書室の役割、本屋の危機などをところどころでさらりと啓発している。だから本書を読むことに意味はある。
本書は、ほとんど夢落ちみたいな物語であり、種も仕掛けもわからない狐に化かされたような話である。どこまでを書いて欲しかったかというと難しい部分であるし、読み終えて一応謎は残らない。だけど心にも残らなかったというのが正直なところだ。
御倉深冬が毒祖母の心理的抑圧から解放され読書の喜びを取り戻したのは良かったし、脳内心の友である変幻自在の真白な存在は魅力的だった。ところどころにファンタジーの王道の設定が見られスムーズに物語の世界を受け入れられた。
御倉深冬に現実世界での友だちはできたのだろうか。深冬の御倉家に関する心の闇は完全に晴れたのかについては疑問が残った。むしろ深い闇、読書沼にはまっていくという読書あるあるの本の呪い<ブック・カース>こそが真のメッセージか。
いずれにしても、メッセージが伝わっても物語に魅力を感じなかった。
<参考文献>
深緑野分 この本を盗む者は 角川書店 2020