ドラゴンボール超のトータルの感想




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1.はじめに

私は漫画(原作)を読み、アニメ(GT含む)や劇場版等を観てきた者である。
今回のドラゴンボール超は、フリーザの話だったのかと復活のFからの点が線に繋がった。

2.感想

宇宙サバイバル編は作画が良く、展開が速くかつワクワクする戦いが続き惹きつけられた。
大会が始まるまでの長さも含め、これぞドラゴボールというものだった。
一方で、復活のFから未来トランクス編までは設定がハチャメチャでどうなのかと思いながら観ていた。

GTの話をすれば、ドラゴンボールは、悟空とブルマがドラゴンボール(神龍)を探す旅から始まり、GTで最後にドラゴンボール(神龍)に頼り過ぎた罪を悟空が背負ってドラゴンボールを完結させたという全てに一本の筋が通ったものであった。ドラゴンボールに始まり、ドラゴンボールで終わった。GTは、ドラゴンボールという作品を完結させるものであり、私の中ではしっくりいくものであった。タイトル通り、ドラゴボールとは、ドラゴンボール(神龍)の話であった。

今回の、「超」は何の話であったのかと言えば、復活のFでフリーザの復活から始まり、最後に悟空とフリーザと共闘しフィナーレを迎え、ナメック星から続く因縁にケリをつけた作品であった。ドラゴンボールでは敵だった相手が仲間になっていき、一緒に戦うという昨日の敵は今日の友という王道の要素がある。悟空は人を惹きつける不思議な力を持った人間(地球育ちのサイヤ人)であるというのがシリーズを通しての設定である。ヤムチャ、天津飯、ピッコロ、ベジータときて、ここでフリーザがとうとう仲間入りした。上記のとおり、ドラゴンボールでは重要な王道要素であり、何ら不自然ではない。フリーザは人気キャラクターである。その人気キャラクターを引っ張て来て、復活のFでフリーザがゴールデンフリーザになることによって、いきなりスーパーサイヤ人ブルーと互角レベルにまでなっときは正直がっかりした。フリーザは超サイヤ人に敗れた初期のキャラクターである。スーパーサイヤ人ブルーというのは、超サイヤ人→超サイヤ人2→超サイヤ人3→超サイヤ人ゴッドの次の形態であり、飛躍の幅がいくらインフレを常とするドラゴンボールでも無理があるだろと思った。しかも、ちょっと修行をしただけという、死闘を繰り返し成長してきたZ戦士たちの努力を無にするようなもので残念だった。結局、復活のFは伏線であった。力の大会に参加し、最後に悟空と共闘するためにやはりフリーザの超アップが必要だった。そのために、多少無理な設定でもフリーザをゴールデンフリーザにして最後の舞台にあがるにふさわしい戦闘力を持たせる前置きが必要だったのだ。「超」を最後まで見て、なるほど全てはこういう理由だったのかと納得がいった。次は復活のC(セル)があるのではないかというストーリーだ。
GTとの違いは、ドラゴンボールという作品の完結を狙ったものではなく、この先も続く広がりをみせる終わり方であった。

アニメーションについて言うと、最初の頃の作画が崩壊していて、そこがよく話題になった。フリーザの超戦闘力アップや悟空の髪の毛が赤になったり、青になったりする変化にも否定的な意見が聞かれた。
また、未来トランクス編では時系列が意味がわからなかったり、何度も現在と未来を行ったり来たりしグダグダ感が凄かった。未来トランクス編が始まると聞いた時のワクワク感は、出落ちだったのではと感じていた。ゴクウブラックの存在を謎めかして、あれだけ引っ張っておいてそういう設定かよと残念なものであった。トランクス編の最後に、ポタラを使い悟空とベジータが合体し最強キャラクター、ベジットブルーが登場した。このことによって時系列や設定がどうだこうだというのが小さな話と思えてくるぐらいのインパクトがあり、憂鬱を吹っ飛ばした。それだけベジットというキャラクターは特別であり、絶対的な存在である。合体ザマスの戦闘シーンも今までとは違い作画に力が入って、屈指の名戦闘シーンだった。未来トランクス編の最後に未来トランクスと悟飯(師匠)との邂逅があり、未来の世界を守り続けているトランクスにとって節目や新たな決心等々多くの感情を思わせる名シーンがあった。ここから「超」が一気に登り調子なっていったような気がする。

宇宙サバイバル編では、亀仙人などの過去を彩った戦士たちの活躍の場が与えられていた。特に17号は主人公級の輝きを見せた。尺つなぎもあったかもしれないが、戦士たちへそれぞれ見せ場を持たせ埋もれていたキャラクターをピックアップするのはこれはこれで良かったと思う。

そして、途中でブルマの声優を長年務められた鶴ひろみさんが亡くなった。
ブルマとの出会いからドラゴンボールは始まったように、ブルマなしではドラゴンボールは語れない。
私にとってブルマはもう一人の主人公だった。これ以上ブルマとマッチした声はないだろう。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。

ドラゴンボールのアニメ化から32年を迎えているので、当然声優陣の年齢も上がっている。
野沢雅子さんの悟空、ときどき悟飯と悟天の声が聞けるだけで、新作を観る価値はあるのではないかと思っている。

3.おわりに

最初から最後まで観ないとわからないものである。
「超」に関しては、最後に帳尻を合わせてくるスタイルだった。
既に新しい映画が決まっている。また、新しいゲームのリリースが決まっている。
ドラゴンボールは、今後も益々の発展をみせるだろう。
楽しみに応援を続けたい。

マスター:クレア

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